住まいづくりの第一歩が、ライフスタイルや将来の過ごし方を考えることならば、わが家の場合、一脚の椅子との出会いがそれだったのかもしれない。なにも郊外でなくていい。街中であっても、「自然を感じる暮らし」は望めるはず。そんなことを思わせてくれたあの日のことを、私はこいつ・・・に腰をおろすたび、きまって思い出すのだった。 新婚旅行で訪れたデンマークのとあるホテル。こんなときぐらいはと奮発して選んだ客室のインテリアに私は心を奪われた。著名な作家の作品であることを、案内してくれたベルマンが教えてくれた。余計な装飾を省いたシンプルなデザイン。美しい曲線は、自然界のさまざまな形をモチーフにしたという。座ってみると、まさに自然に包み込まれるような、これまでに感じたことのない心地よさが得られた。 帰国後、私たち夫婦は「再会」を求めてショップや美術館に何度も足を運んだ。無駄に終わる日も多かったが、二人で夢を話す時間は楽しかった。
「この椅子にふさわしい空間を」。条件に合う土地とあのときの椅子をなんとか手に入れた私たちは、建築家に迷うことなくオーダーした。間取りを決めるのも、この椅子の位置から。窓の大きさもそこからの見え方を計算に入れて。まさに一脚の椅子から始まった、住まいづくり。他人には多少不便に感じる動線も、こいつのためと思えば、むしろ必然とさえ思えた。 何気ない景色も、この「指定席」から眺めると、絵画のように見えてくる。そんな豊かな心を大切にして、これからも二人で歩んでいきたい。言葉にするのは照れくさくもあるが、そんなことを思わせてくれるのも、きっと、この椅子のおかげなんだろう。